2013.11.28 11:22 PM

SKE48新土居沙也加「卒業は、ギリギリまで悩んだんです」

SKE48の新土居沙也加が28日、Google+に今の気持ちをつづった。

新土居沙也加 2013/11/28 22:00
マイリトルシアター
~2年間ありがとう編~

正直に生きるのって難しいけど・・・

私、自分に嘘がつけないんです( ・ω・)
人見知りで口下手だから
上手に立ち回るなんてこともできない

こういうのは
芸能界という特殊な世界はもちろん

一般の世界でも
ちゃんとやれないんじゃないかと
ネガティブな性格の私は
ときどき考え込んで(T ^ T)
ますます無口になってしまいます。。
自分のこといろいろ言うの苦手です。

でも
一人ではここまでやれなかったし
急な活動辞退で、たくさんの
温かくて優しいファンの人たちに
ご迷惑をおかけしたので・・
SKE48を卒業する今
上手に伝わらないかもしれないけど
少し、お話ししたいと思いました。

高校生のとき、ずっと前からの
夢を叶えるため、一生懸命
受験勉強をしていました。
ほとんど、家と学校と
週に2回のダンススタジオの生活
移動も、ママの自動車でした。
親に甘えてばかりのわたしが
初めて自分から
「これ、やってみたい」と言ったのが
SKE48の5期生の
オーデションでした。

親は、びっくりしていました。

言い出したのはいいけど
やはりそのときはすごく悩みました。
もちろん合格できたらうれしいけど
ずっと思っていた夢を
諦めなくてはいけなかったからです。

世の中のことほとんど知らなくて
いろんな考え方もできない私には
難しい選択でした(> < ) でも、これから先 いろんな選択を 迫られることがあるかもしれないし 初めての決断だからこそ ここで逃げたらだめだと思って それ以上は考えず今の自分に 正直にやってみようと思いました。 オーデションは、すごく楽しかった。 特にダンス審査のときは 審査員のみなさんが 私のダンスを真剣に 見ていてくれていると思うと うれしくて、きっと 笑顔だったと思います(●´ω`●) 合格した5期生のメンバーは とても個性的な子たちばかりでした。 最初の数ヶ月間は、ほとんど誰とも 喋ったことなかったと思います。 レッスンが終わって 一番早く帰るのは、私でした。(笑) オーデションを受けるとき 親と約束をしました。 大学は、必ず行きます。 そして、ちゃんと 卒業すると自分に誓いました。 大学は目指していた 学部から変更することになったけど なんとか一般 入試で受かることができました。(。・ω・。) 大学とSKE48の活動を 両立させようとした1年目。 それがいかに大変か思い知らされました。 でも、走り出した私は必死でした。 ただ、時が経つにつれて 環境が大きく変化していきました。 ゆっくり動いていると思った SKE48が、噴火前の火山が どんどん大きな活動を 見せていくように 激しい変動を見せ始めたのです。 そのころ研究生の私は 研究生公演と、正規チームのアンダーでした。 同じ研究生にも先輩たちがいたし 正規メンバーの先輩たちは それは怖い存在でした。 最も悩んだのは自主練でした。 振り付けは、家でもできます。 でも、フォーメーションの練習は 鏡があって、3線や番号をふって あるレッスン場を使わないと うまく確認ができません(> < ) 先輩の中には、以前は夜の公園で 線を引いて自主錬とかしたことも あったそうですが、夜は、怖いし メンバーそれぞれ レッスンの仕方は様々です。 私は、何度も振りを頭で確認して 次に体を動かして作り上げて行くのですが やはり最後は レッスン場のような 本番のステージみたいに 動けるところで、何度も全曲を 通しながら体に覚え込ませないと 本番は不安で・・(´;ω;`) 思うようなステージはできません。 学校が終わってレッスン場へ行くと たくさんのメンバーがいるので 公演のアンダーが迫っていても なかなか思うように 使えないこともありましたヽ(;▽;)ノ それでマネージャーさんにお願いして 学校に行く前の早朝に レッスン場を開けてもらったり 親に、送り迎えで面倒をかけたけど 24時間営業のレッスンスタジオを 借りて、深夜までレッスン したりしました。 研究生は アンダーがお仕事なので たとえ公演の直前に 出動命令がきても やれなくてはいけません。 あるとき、それこそ公演2日前に チームSさんのアンダーがきました。 全曲、初めてのポジションでした。 絶対に先輩たちに 迷惑かけてはいけないし ファンのみなさんも楽しみに 来てくれるので、失敗は 許されないと必死でした。 でも、公演が終わってから 「沙也加お疲れ」と、先輩たちに 声をかけてもらった時は 本当にうれしかったです(T ^ T) 小さい怪我もしました。 いっぱい泣きました。 でも、そのころから 厳しかった先輩たちも少しずつ 声をかけてくれたり、振りのチェック をしてくれるようになりました。 「ちゃんと 見てくれてる人たちもいるんだ」 と、そのとき、ひとつ学びました。 今年になって 昇格や選抜とうれしいことも ありましたが、毎日、毎日 自分が見えなくて、苦しかったです。 私は、最初に言ったように 嘘がつけないので、ちゃんと言います。 卒業が決まった今でも この2年間、楽しかったという 実感はありません。 でもそれは たった2年しか経験がなくて パフォーマーとしても 半人前の私だから、楽しめなかった のは当たり前ですよね ひょっとして、これから3、4年と 続けていけば、次第に、面白さとかも わかってくるのかもしれないです。 たった2年間だけど がむしゃらに走ってきて 来年、20歳の成人を迎えるとき もう一度、今の自分 これからの自分を考えてみようと 思いました。 弱音ばっかり言ってるように 聞こえるかもしれませんが そうではないんですよ。 自分の限界を超えたハードルが 目の前に現れるたびに 無理と思いながらも向かっていく 環境があったからこそ、こうやって 真剣に自分と向かい合う意志の強さを SKE48が与えてくれたとも思っています。 このタイミングに もう一度よく考えて決断しなければ 自分に嘘をつくことになると思いました。 卒業は、ギリギリまで悩んだんです それは 2回目の究極の選択でした・・・。 長くなったので、この続きは 明日の最後のブログ 「クロスロード」 ~さよなら~と 11月30日の最後の 劇場公演のときに 自分の口からお話しします。                    新土居沙也加

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